コーポレートガバナンス体制の維持には、「関連当事者」との取引についても着目する必要があります。コーポレートガバナンス体制を維持する目的は、このシリーズで何度も説明してきたように、結局は企業価値の維持を達成することにありますが、「関連当事者」との取引がなぜ企業価値の維持のために必要なのかを説明したいと思います。
目次
■ コーポレートガバナンスコードで取り上げられる関連当事者取引
■ 関連当事者取引の扱い
■ 関連当事者取引を把握する方法
■ コーポレートガバナンスコードで取り上げられる関連当事者取引
(1)コーポレートガバナンスコードで取り上げられる理由
上場会社が遵守することが要求されるガバナンスコードでは、「株主の権利・平等性の確保」を図ることが記載されております。
会社が、自社の役員や主要株主等との取引を行う場合、その取引が会社や株主共同の利益を害することのないよう、また、そうした懸念を惹起することのないよう、取締役会は、あらかじめ、取引の重要性やその性質に応じた適切な手続を定めてその枠組みを構築することが要求されています。
この、会社が自社の役員や主要株主等と間で行われる取引のことを「関連当事者取引」といいます。
「関連当事者取引」のイメージは下の図表1のようになります。
イメージ図でポイントとなるのは、「関連当事者」と「取引関係」です。
「関連当事者」に該当するものが、会社と「取引関係」に入ると、会社内の自己の立場を利用して、他の株主の利益を無視して、自己に有利な取引関係を結ぶことにつながりやすいため、「株主の権利・平等性の確保」を害するリスクがあります。
このことが関連当事者取引では問題となるのです。このようなことを利益相反といいます。
また、例えば、会社の決算が苦しいときに、決算日近くで特定の役員が、自己の個人会社を利用して商品を買ってしまいさえすれば、その分だけ会社の利益になります。こうした架空となる取引を行って決算数字を作り上げることを恣意的にできるので、会社の実力を反映することができなくなります。このようなことを利益操作といいます。
つまり、関連当事者取引は、利益相反と利益操作を行いやすい取引であり、このことが、「株主の権利・平等性の確保」を害することになるので、問題視されることになるのです。
(2)関連当事者取引の把握がコーポレートガバナンスの強化になる理由
関連当事者取引の把握は、会社内で利益相反と利益操作が行われる可能性を未然に防止することにつながります。
このため、関連当事者の管理体制を強化することが株主の利益、コーポレートガバナンスの強化になるのです。なお、関連当事者取引を取り上げる際に、関係するものとして利益相反取引があります。
関連当事者取引と利益相反取引の相違は、大まかには以下、図表2のようになります。
該当者 | 法規制 | 内部統制の確立 | |
---|---|---|---|
関連当事者取引 | 関連当事者と会社(連結子会社含む) |
会社計算規則 財務諸表等規則(財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則) 開示府令(企業内容等の開示に関する内閣府令)に基づく開示規制 |
取締役会の内部統制の構築義務の一環として必須 |
利益相反取引 | 取締役と会社 | 会社法 | 全ての株式会社に必須 |
利益相反取引は、以下の2つの取引が法定されています。
①直接取引、すなわち、取締役が、当事者として、または他人の代理人・代表者として、会社と取引しようとする場合
②間接取引、すなわち、会社が取締役の債務を保証する等、取締役以外の者との間で会社、取締役間の利害が相反する取引をしようとする場合
いずれも、取締役が、会社の利益の犠牲において自己又は第三者の利益を図ろうとすることを防止する趣旨で設けられています。典型例は、取引相手や取引相手の代表者が、会社の取締役個人である場合です。
そして関連当事者取引の方は利益相反取引よりも広い概念であり、すべての利益相反取引は関連当事者取引に包含されるという関係にあります(図表3)。
■ 関連当事者取引の扱い
関連当事者取引についてポイントとなるのは、何が「関連当事者」に該当するかによります。
企業会計基準適⽤指針第 13 号では、関連当事者(及び重要性の判断による区分)を法人又は個人の別、支配又は被支配の別、影響力の度合などに基づき、以下に示す 4 グループに区分しています(図表4)。
グループ | 関連当事者 | 例示 | 開示の重要性の判断 |
---|---|---|---|
法人 | 親会社及び法人主要株主等 |
親会社 親会社以外の主要株主 |
法人ベース <PL関連> 売上高又は売上原価と販売費及び一般管理費の合計額の 10%を超える取引 営業外収益又は営業外費用の合計額の 10%を超える損益に係る取引 1,000 万円を超える損益に係る取引 など <BS関連> BS残高及びその注記事項に係る関連当事者との取引並びに債務保証等及び担保提供又は受入れの金額が総資産の1%を超える取引 資金貸借取引、有形固定資産や有価証券の購入・売却取引等については、それぞれの残高が総資産の 1%以下であっても、取引の発生総額(資金貸付額等)が総資産の 1%を超える取引 など |
関連会社等 |
子会社 関連会社、その子会社 企業年金 |
||
兄弟会社等 | 親会社の他の子会社等 | ||
個人 | 役員※及び個人主要株主等 |
役員(親会社/子会社の役員を含む)及びその近親者など 上記のものが議決権の過半数を保有するその子会社 |
個人ベース 1,000万円を超える取引 |
※役員等が代表者を兼務する他の法人(関係会社以外含む) | 法人ベースで判断 |
※企業会計基準適?指針第 13 号第16項では、但書で、「当該役員等がその法人の代表者として会社と取引を行うような場合には、法人間における商取引に該当すると考えられるため、関連当事者が個人グループの場合の取引としては扱わず、法人グループの場合の取引に属するものとして扱う。」が、関連当事者の把握という観点では、個人とした方がわかりやすいため、上記表では個人としてあえて区分。
上場会社等の財務諸表提出会社や、将来上場を考えている会社は、常に「関連当事者」に留意する必要があります。
本来、関連当事者取引であっても、利益相反取引に該当しない場合は、取締役会での承認といった手続は会社法上明記されていません。
しかしながら、開示規則に則った運用を行うために漏れなく関連当事者取引を把握・管理するための内部統制を確立するという意味においては、会社として関連当事者取引の承認を行うことは必要です。なお非上場で、会計監査人を設置していない場合等は、関連当事者取引を意識する必要はありません。
そして、関連当事者との取引が認められ、かつ重要であると判断されれば、計算書類の注記表や目論見書、有価証券報告書等にて、開示しなければなりません。
したがって、他の取引との比較の観点等から、一般投資家等への開示に耐えられるだけの公正な内容となっているかを意識して、契約内容を決定すべきということになります。
■ 関連当事者取引を把握する方法
(1)関連当事者の把握の困難性
関連当事者取引が、利益相反取引と異なる点は、利益相反取引の当事者が、基本的に取締役を中心に見られることに対して、関連当事者取引の場合、「関連当事者」の範囲は、親会社や法人主要株主等、子会社等、兄弟会社等、役員やその近親者等といった、会社に関連する者を指します。
このため、「関連当事者」の範囲がどこに及ぶのかをまずは把握するという作業が必須になります。
会社を運営していると子会社の存在は認識することがありますが、実際に親会社の役員、兄弟会社がどこまであるのかなど把握していないことは通常ではないかと思います。さらに、こうした親会社の役員となるとよくわからないといったことは多々あります。
(2)関連当事者・関連当事者取引の把握の方法
「関連当事者」や「関連当事者取引」は、どのように把握していけばよいのでしょうか。参考として、以下の手順になるかと思います。
① 関連当事者の調査
会社、子会社、親会社役員、主要株主に対して「関連当事者調査票」(参照1)のような形式で関連当事者を調査します。
②「関連当事者リスト」の作成
把握した内容をもとに「関連当事者リスト」(参照2)を作成し、関連当事者を網羅的に把握します。
③「関連当事者リスト」の定期的な更新
「関連当事者リスト」は、一度作成したら終わりではなく、定期的に更新することが必要です。
④ 経営者による債務保証・担保提供
金融機関からの借入金、不動産の賃借、リース、仕入・外注取引契約等において、経営者保証(連帯保証)が付与されているケースが多く存在します。
これらの取引は会計帳簿外の取引(オフバランス取引)であるため、契約書を一つずつ実際に目視で確認することが必要です。
金融機関への債務保証・担保提供については、監査法人に協力してもらえるのであれば、金融機関からの残高確認書の複写を入手し、会社で把握している債務保証・担保と一致しているか確認することも考えられます。
⑤関連当事者取引(オンバランス取引)の網羅性
既存の関連当事者取引の把握漏れが起きないよう、取引先コードや摘要欄を利用して、会計システムから関連当事者取引を抽出できるようにしてください。
(3)関連当事者の情報収集が可能な体制の構築
こうした関連当事者の把握においては、自社の役員、子会社の役員のみならず、親会社の役員、個人主要株主についても二親等内の親族の把握が必要となります。これらは調査が困難な状況も予想されるため、事前に十分な説明を行い、情報収集が可能となる体制を構築しておくことが必要です。
さらに、事業年度の途中において関連当事者に該当することとなった場合、または関連当事者に該当しなくなった場合には、関連当事者であった期間中の取引が開示対象となる可能性があるので、関連当事者の把握は常に注意が必要です。
(4)関連当事者間の取引は、すべて把握することが必要
また関連当事者との間の取引では、対価の有無にかかわらず、すべての取引を把握することが必要です。
なぜならば、関連当事者取引は、利益相反、利益操作の危険が極めて高いことから、取引対価の妥当性までを社内の機関で検証することが必要となるからです。
さらに、関連当事者が第三者のために会社との間で行う取引や、会社と第三者との間の取引で関連当事者が当該取引に関して会社に重要な影響を及ぼしているものまで含むことになります。