「先生、運転資金で500万円借りたいんですが、借入申込書にはどう書けばいいですか?」
クライアントからこんな相談を受けたとき、あなたはその「運転資金」が本当に銀行の考える「運転資金」なのか、見極められているでしょうか?
実は、経営者が日常的に使う「運転資金」と、金融機関が融資審査で判断する「運転資金」には、大きな認識のズレがあります。このズレを理解していないと、融資申込が通らないだけでなく、クライアントの資金繰り改善の助言も的外れになってしまう可能性があります。
本記事では、銀行融資における「運転資金」の正確な定義と、経営者が誤解しがちな3つのパターンについて解説します。税理士として知っておくべき資金使途の見極め方を、具体例とともにお伝えします。
借入をする際、「借入申込書」には必ず資金使途を記入する欄があります。一般的には「運転資金」「設備資金」「その他」の大きく3つから選ぶことになりますが、この中で最も誤解されやすいのが「運転資金」です。
今回は、銀行融資で最も多く使われる「運転資金」という言葉の本当の意味について、詳しく解説します。
■銀行が考える「運転資金」の正確な定義とは
結論から申し上げると、経営者が一般的に使っている「運転資金」と、銀行融資における「運転資金」は、まったく異なる概念です。
金融機関が融資審査で使う「運転資金」は、次の計算式で厳密に定義されています。
銀行融資における「運転資金」の計算式
運転資金 = 売掛金 + 在庫 - 買掛金
この金額は、事業を継続するために最低限必要な資金を意味します。つまり、銀行はこの計算式で算出される範囲内でのみ、「真の運転資金」として融資を検討するのです。
【具体例で理解する運転資金】
(例)製造業A社の場合
売掛金:1,200万円(回収サイト2ヶ月)
在庫:800万円
買掛金:600万円
→ 運転資金 = 1,200万円 + 800万円 - 600万円 = 1,400万円
この1,400万円が、銀行が認める「真の運転資金」の上限額となります。
■経営者が誤解している「運転資金」3つのパターン
多くの経営者が「運転資金」という言葉を使う際、実は以下の3つのパターンと混同しています。銀行はこれらを「運転資金」とは見なしません。
パターン①:赤字補填資金
【こんなケース】
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赤字が続き、資金繰りが苦しい
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売上が低迷して手元資金が不足している
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コロナ禍で売上が激減した
これは銀行では「運転資金」ではなく、「赤字補填資金」と呼ばれます。
コロナ融資がまさにこのケースでした。売上減少により本来必要な運転資金額は減っているはずなのに融資が必要ということは、赤字を補填するための資金だったのです。
パターン②:設備返済見合いの赤字補填資金
【こんなケース】
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設備投資をしたが、当初計画どおりの売上・利益が出ない
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設備資金の返済負担が重く、資金繰りが厳しい
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運転資金で借りて、設備ローンの返済に充てたい
これは「設備返済見合いの赤字補填資金」と呼ばれ、運転資金とは別物です。設備投資の失敗を運転資金で補填しようとする行為であり、銀行は最も警戒します。
パターン③:賞与資金・納税資金
【こんなケース】
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業績は悪くないが、従業員への賞与支払いのためにまとまった資金が必要
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設備資金の返済負担が重く、資金繰りが厳しい
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法人税や消費税の納税資金が必要(ただし消費税は既に預かっているものであるため融資対象にはなりません。つまり法人税のみです)
これらは銀行では「賞与資金」「納税資金」として、運転資金とは別の資金使途で扱われます。ただし、これらは6ヶ月程度の短期返済が前提であり、資金使途が明確なため、①②と比べると融資は受けやすい傾向にあります。
■「赤字補填資金」は保証協会保証でしか対応できない理由
(1)なぜ赤字補填資金はリスクが高いのか
上記のパターン①②は、損益上またはキャッシュフロー上の「赤字」を埋める資金です。
融資の返済原資は、あくまでキャッシュフロー(CF)です。しかし赤字企業はCFの確保が難しいため、
銀行にとっては返済可能性が見通せない高リスク融資
となります。
(2)プロパー融資は難しく、保証協会頼みに
リスクが高い融資は、銀行が100%リスクを負う「プロパー融資」では対応できません。そのため、信用保証協会の保証付き融資に頼らざるを得なくなります。
ただし、ここにも問題があります。
①責任共有制度により、銀行も20%のリスクを負う
保証協会保証でも銀行は20%のリスクを負担するため、慎重になる
②コロナ融資で保証枠を使い切っている企業が多い
すでに保証協会の保証枠上限に達している場合、追加融資は困難(コロナ融資枠は別枠と言われているが実態は枠内に入れて審査している)
③賞与・納税資金は例外的にプロパーの可能性あり
6ヶ月程度の短期で資金使途が明確なため、プロパー融資の可能性もある
特にコロナ融資を利用して保証協会借入が増加した企業は、保証枠の残りが少なく、追加借入の交渉は難航することが予想されます。
■税理士として確認すべきポイント
クライアントから「運転資金で借りたい」と相談を受けたら、以下をチェックしてください。
【チェックリスト】
①真の運転資金を計算する
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売掛金+在庫-買掛金の金額はいくらか
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既存借入のうち、真の運転資金に該当する額はいくらか
②売上と借入金の推移を確認する
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売上が減少しているのに借入が増えていないか
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営業利益は黒字か、赤字か
③資金使途の本質を見極める
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本当に事業継続に必要な資金か
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実は赤字補填や設備返済の穴埋めではないか
④保証協会の保証残高を確認する
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保証協会の保証枠にまだ余裕があるか
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責任共有制度の対象か、100%保証か
《クライアントへのアドバイス例》
【赤字補填資金が必要な場合】
「現在の借入は赤字補填資金です。まず営業黒字化が最優先課題です。融資を受けられたとしても、保証協会保証が必要で、保証枠を消費してしまいます。収益改善計画を作成しましょう」
【真の運転資金が必要な場合】
「売掛金と在庫が増えているので、事業拡大のための運転資金が必要ですね。この資金使途なら銀行も理解しやすいので、決算書と資金繰り表を準備して交渉しましょう」
■まとめ:「運転資金」という言葉の便利さに注意
「運転資金」という言葉は、使い勝手の良い便利な言葉に聞こえます。しかし融資審査では、銀行は「都合の良い運転資金」として安易には受け止めていません。
税理士として、クライアントの借入金の資金使途が実際にどうなっているのか、定期的に分析することが重要です。
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真の運転資金はいくら必要か
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赤字補填資金が含まれていないか
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保証協会の保証枠は十分か
これらを把握することで、資金繰り改善に向けた的確なアドバイスが可能になります。
関連リンク
- 執筆者プロフィール
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徳永 貴則(とくなが たかのり)
平成8年に当時の大和銀行(現りそな銀行)に入行。都心店舗を中心に法人融資業務を主担当し、本部の融資審査セクションでも業務を経験。2000社ほどの銀行融資に携わった経験を生かして、株式会社スペースワンを立ち上げ独立。多くの銀行融資コンサルティングのみならず、事業再生や経営改善のアドバイスを行っている。。