令和6年の税理士試験 法人税法をAIで回答し、AIで採点するという4回連続の実験企画。その最終回で待ち受けていたのは、理論第一問 問3「粉飾決算による過大申告の修正」という、生々しくて複雑な問題でした。
AIに税理士試験の問題をすべて解かせてみた。その結果は、合格か不合格か…(最終回)

2025年7月15日税理士 山中 宏
目次
■令和6年の税理士試験 理論第一問 問3の結果は?
問題は、感染症流行の影響で業績が悪化した飲食業の会社が、売上を過大計上する粉飾決算を行い、後にそれが発覚して修正が必要になったという設定。実務的な判断力が問われる難問です。
結果は15点満点中9点。この問題にはAIの「得意」と「限界」が鮮明に表れていました。
■AIが見せた圧倒的な基礎力
(1)法律検索能力
まず、AIが見事な対応を見せたのは、税法の基本的な仕組みと手続きの説明でした。「過大に申告した法人税額の返還を受けるための手続き」という問いに対して、AIは迷うことなく「更正の請求」という正確な手続き名を挙げ、その請求期限(法定申告期限から5年以内)や「更正の特例」といった法的根拠までスラスラと説明してくれました。
(2)AIがつまずいた「人間らしい理解」の壁
しかし、今回の問題でAIの限界も明確に見えてきました。通常の過誤納金は原則として全額還付されますが、粉飾決算のような仮装経理による過大納付については、すぐに全額が還付されるわけではありません。
まず直近1年以内の確定法人税額相当分のみが還付され、残額は将来の各事業年度の法人税額から控除され、最終的に5年経過後(または破産時)に未控除分が還付されるという、段階的で複雑な処理が必要なのです。
AIは「過大納付額は全額一括還付される」と判断してしまいました。これは、単なる条文の暗記では理解できない、制度の趣旨や政策的配慮を総合的に理解する必要がある分野でした。
■最終結果 合格か不合格か…
令和6年の税理士試験をAIで解いて、AIで採点し解説するという実験も、ついに最終章を迎えました。理論→計算→理論→理論という本試験で私が実際に解いていた順番(最初に理論全体をみてすぐ解けそうなところはすぐに解いて時間かかりそうなところは後回しにして計算を解いて理論に戻る)で試してみました。
今回の4回の挑戦を通じて、私たちは単なる「AIの実力測定」を超えた、もっと大きな発見をすることができました。
最初は「AIが税理士試験なんて解けるの?」という素朴な疑問から始まったこの実験。しかし回を重ねるごとに、AIの驚くべき可能性と、まだまだ人間が優位に立つ領域が鮮明に見えてきました。そして何より、AIと人間が協力することで生まれる、新しい仕事のスタイルの可能性に気づくことができたのです。
■4回の実験で見えたAIの得意不得意
(1) 第1回(理論 第1問 問2) 15点満点中10点
AIは保険差益の計算で「保険金-帳簿価額」と誤答し、滅失費用を考慮しないミスをしました。これは定型パターンへの過信が原因で、例外への対応が不十分でした。ただし、指摘後は即座に修正し、以降の処理も正確に対応。AIは満点ではなくとも、学習し進化する力を持ち、人と補完し合う存在としての価値を示しました。
(2) 第2回(計算 第2問) 50点満点中28点
AIに税理士試験の計算問題を解かせた結果、論理的構成や法的根拠の明示は優れていたものの、複雑な税法計算や基礎データの読み取りで誤りが見られ、50点満点中28点に留まりました。とはいえ、AIは自己評価と修正能力に優れ、学習の強力なパートナーとしての可能性を示しました。
(3) 第3回(理論 第1問 問1) 20点満点中12点
AIに留保金課税の問題を解かせたところ、複雑な株主関係の整理は得意でしたが、制度趣旨の理解不足により「所得等の金額」や配当控除のタイミングを誤りました。結果は20点満点中12点。AIは論理的分析に強みがある一方、背景理解や実質的判断は人間が優位です。AIと人間がそれぞれの強みを活かし補完し合うことで、税理士業務の質はさらに向上する可能性があります。
■合計100点満点中59点という結果!
これを各専門学校の合格ラインをしらべて確認したところ「合格の可能性は低い」という結果でした。
令和6年の法人税法試験における各専門学校のボーダーラインは、概ね60点台前半から中盤(例:64点前後)とされています。これは「合格可能性が高い」とされる得点水準です。
59点はこのボーダーラインにわずかに届いていません。実際、専門学校のデータでは59点は合格者が多く出る得点帯よりやや下の層とされており、合格の可能性は低いとみなされています。
ただし、年度や受験者全体の得点分布によっては、例外的にボーダー未満で合格となるケースもありますが、令和6年の傾向では59点は「合格圏内」とは言い難い状況です。
しかし本試験は2時間です。それをAIは合計10分程度の時間で全問解いてしまいました。
そしてボーダーラインに達していますのでAIの進化恐るべしという感想です。ファクトチェックを行いながら2時間の中で見直し確認すれば確実にもっと点数は伸びたでしょう。
■まとめ 税理士業界の未来像
(1)定型業務の自動化は避けられない現実
4回の実験を通して、税理士業界の未来がより鮮明に見えてきました。基本的な申告書作成、計算処理、定型的な相談対応などは、AIに置き換わっていくでしょう。特に計算問題でのAIの圧倒的な時間効率性を見ると、この流れは避けられません。
(2)人間らしさがより重要な差別化要因に
しかし、これは必ずしも悪いことではありません。AIが定型業務を担うことで、税理士はより付加価値の高い業務に集中できるようになります。クライアントとの信頼関係構築、税務戦略の立案など、人間らしい能力がより重要な差別化要因になるでしょう。
(3)求められるのは「AIを使いこなす」税理士
これからの税理士に求められるのは、AIを恐れるのではなく、積極的に活用する能力です。AIが導き出した答えの妥当性を判断し、AIでは解決できない複雑な課題に人間ならではの知恵で挑む。そんな「AI時代の税理士」が活躍する未来が、もうすぐそこまで来ています。
(4)技術と人間の美しい共存
変化の激しい時代だからこそ、私たちは前向きに、そして柔軟に適応していく必要があります。AIを恐れるのではなく、上手に活用しながら、人間にしかできない価値を磨き続ける。そんな未来に向けて、私たちも一緒に歩んでいきましょう。
- 執筆者プロフィール
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山中 宏(やまなか ひろし)
税理士/山中宏税理士事務所1995年中小企業診断士取得、2014年税理士登録、2020年ウェブ解析士取得。2021年6月山中宏税理士・中小企業診断士事務所開業。
会計事務所、大手自動車メーカー他実務経験が豊富。管理職経験が長く会社間や人とのコミュニケーション能力が高い。
現在では税理士として決算、税務相談、確定申告を行うだけでなく、中小企業診断士・ウェブ解析士として実地のコンサルティング、ウェブ集客・SNS集客を通して売上拡大、集客拡大の支援を行う。
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