この記事では業務上、税務デューデリジェンスに携わる機会の多い税理士の川口卓さんにお話をうかがいました。
■税務デューデリジェンスの仕事の魅力
税務デューデリジェンスは、M&Aや組織再編などの取引において、税務面のリスクを評価するための調査・分析プロセスです。この仕事の魅力は以下のような点が挙げられます。
(1)変化に富んだ業務
税務デューデリジェンスは、毎回異なる案件に関与することとなります。常に新規のことに取り組むため、業務としては変化に富んだものとなります。
(2)高度な専門知識の活用
税務デューデリジェンスでは、税務リスクや機会を評価するために高度な専門知識を活用します。税法に関する深い知識を持ち、それを実務に応用することが求められます。
(3)チームでの協働
税務デューデリジェンスの業務は、複数の専門家が協力して行います。ここでの専門家とは、弁護士、公認会計士、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)、海外案件であれば海外事務所などです。
チームで協力し、情報収集や分析、報告書の作成などを行うことで、問題解決能力や協働で業務を進めるスキルを磨くことができます。
わたしの場合のような独立開業している税理士の場合は、当然ですが外部の方々とアライアンス組むということになります。
税務デューデリジェンスの主な業務内容は以下の通りです。
(1)税務申告の確認
買収予定企業の過去の税務申告書類を詳細に確認し、正確性やリスクの有無を評価します。
(2)税務調査の実施状況の確認
過去に税務当局から行われた税務調査の結果や処分に関する情報を収集し、リスクの有無や対策を評価します。
(3)関係会社間取引の確認
買収予定企業と関係会社との間で行われた取引や資金移動に関する情報を確認し、適切性や税務上の影響を評価します。
(4)組織再編等の取引の確認
買収予定企業が過去に組織再編や合併・分割などの取引を行っていた場合に、その税務上の影響を評価します。
これらの業務を通じて、買い手側にとっての税務リスクや機会を正確に評価し、取引の成功に貢献することが税務デューデリジェンスの役割です。
■わたしの場合
わたしが税理士事務所で中小企業の税務を担当していた頃のお話です。
優れた技術やノウハウを持ちながらも、後継者不足のため廃業せざるを得ない案件を多く目にすることがありました。そこで、より多くのM&A経験を積みたいと思ったのがきっかけで、EY税理士法人へ転職したのです。
転職後は、税務アドバイザリーをメイン業務として担当し、M&Aや組織再編時のデューデリジェンス業務、ストラクチャリング業務などを学びました。最終的には税理士として独立開業しました。
一般的には税理士の仕事はルーティンな作業が多いですが、税務デューデリジェンスでは毎回異なる案件や内容に取り組むため、そこが新鮮で面白い部分です。常に変化があるため、刺激を受けながら業務に取り組むことができます。
また、Big4と呼ばれるような大きな事務所で取り扱う案件は、新聞にも掲載されるようなインパクトの大きいものが多いです。そのような案件に関与することで、自身の関与感や達成感を得ることができ、やりがいを感じます。
■必要とされる志向性(どんな人に向いているか?)
税務デューデリジェンスは期間が限られ、短期間で行われることが多い作業です。そのため、業務期間中は忙しくなりますので、それを乗り越えるためには、思っている以上に体力が必要となります。
〈このような人に向いている〉
- 体力に自信のある人
- 新規の案件に関わりたいという意欲のある人
- 複雑な問題や税法に関連する未知の事例に対して、積極的に挑戦できる人
- 膨大な量の資料を整理し、関係者にわかりやすく説明できる処理能力の高い人
■税務デューデリジェンスのやりがいやメリットは?
税務デューデリジェンスでは毎回異なる案件に関与することができます。これにより、新鮮さや刺激を感じることができます。
多くの場合、新聞に掲載されるような大規模な案件に関わる機会もあります。そのようなインパクトのある取引に関与することで、達成感を感じることができます。
また、個人的な経験に基づく話ですが、税法や法律に明確に定められていない事例に取り組むこともあります。これにより、読み解く喜びや面白さを感じることができます。
■税務デューデリジェンスの仕事の採用ニーズ(求められるスキル、人材)
税理士事務所での申告業務の経験が重要です。基本的な税務知識と経験を持っていることは、採用時点での必須要件と考えられます。
税務デューデリジェンス業務では、より複雑な税務論点に対応する必要があります。そのため、実務経験を通じて学習し、高度な税務知識やスキルを習得することが求められます。
わたしの場合、書籍『DHCコンメンタール 法人税法』(第一法規株式会社)をバイブルとして常に参照しています
また、案件によっては国外取引が関わることが多いため、英語の能力も重要です。具体的には、英語を使ったコミュニケーションや文書の読み書きが求められます。
TOEICのスコアが600点程度あり、プラスして会計税務に関連する専門英単語を覚えてしまえば、開示資料やレポートの構成は比較的同じなので、案件をこなしていくことで十分対応可能かと思います。
■税務デューデリジェンスの仕事の年収はどのくらい?
個人の経験や能力によって大きく異なるため、一概には言えません。しかし、税務デューデリジェンスは高度な専門知識と経験を要する業務であり、多くの責任と厳しい期限が伴います。そのため、一般的には他の税務業務よりも高い報酬が期待される傾向があると思います。
■税務デューデリジェンスの経験を活かしたその後のキャリアパスは?
(1)現在の仕事に活きているポイント
わたしなりの話にはなりますが、税務デューデリジェンスの業務が現在の独立開業後にどのように活きているかをもとめます。
① 税法の深い知識とリスクを見極める力の習得
税務デューデリジェンスは、税務リスクを特定するための重要なプロセスです。多くの案件を経験することで、税法に関する深い知識を習得し、リスクを見極める力が養われたと感じています。
② プロジェクトを推進する能力の習得
先にも述べた通り、クライアント、弁護士、会計士など多様な関係者との協力が求められます。
このような環境での業務を通じて、コミュニケーション能力やチームでプロジェクトを推進する能力、リーダーシップを磨かれたと思います。
(2)考えられる進路
あくまでも、わたしの知っている範囲でのお答えになりますが、考えられる進路としては、下記の通りとなります。
① Big4や他の大手会計事務所でのキャリア構築
税務デューデリジェンスの経験を活かして、その法人でのパートナーなど、より上位の役職に出世することできます。この方々は全体の6割くらいという印象です。
② 事業会社のM&Aポジションへの転職
企業内のM&A部門や財務部門へ転職される方もいらっしゃいます。企業側の視点でM&A戦略や財務リスク管理に携わることで、税理士としてビジネスの視点を得ることができるので、付加価値の高い人材になることができます。
こちらについては、全体の3割くらいといった印象でしょうか。
③ M&Aを仲介している会社への転職
投資銀行やM&Aアドバイザリーファームなど、M&A取引を仲介する企業への転職も考えられます。税務デューデリジェンスの専門知識を活かして、クライアント企業のM&A戦略や交渉に関与することができます。
なお、一番にお伝えしなければならないのは、税理士として独立して事務所を運営する場合、税務デューデリジェンスの案件だけで事務所を運営することは難しいということです。一般的な税理士・会計事務所と同様に、税務コンプライアンス業務も行う必要があります。
これらの選択肢であれば、税務デューデリジェンスの経験を活かしながら、税理士としてのキャリアをさらに磨いていくことができるでしょう。
わたしの経験が皆さんの何かの参考になれば光栄です。