■ はじめに
税理士の業務は、勤務先の規模や業種により大きく異なります。
特に中小会計事務所と大手上場企業では、業務内容、求められる専門知識、キャリアパスなどに大きな違いがあるものです。税理士の仕事と言っても一括りにはできないということを、まずは理解してください。
■ 中小会計事務所での税理士業務とは?
中小会計事務所の場合、クライアントの財務諸表作成、税務申告がメインの業務になります。
クライアントが大きく変わることはないため、毎月の決まった業務を正確に積み上げ、1年分の税務申告をすることが目的です。主な業務は以下になります。
(1)税務申告業務
例えば別表4「所得の金額の計算に関する明細書」を例にとります。別表4は所得を計算するための書類になります。 会計の利益と税法上の所得は金額が異なるため、この別表4を使って会計上(損益計算書)の利益に加減算することにより所得を求めます。
中小会計事務所では、法人税申告書の別表4は調整項目が少なく、比較的シンプルです。基本的な加算・減算項目を中心に、1~2ページで完結することが多いのではないでしょうか。
作成には正確性と法人税の知識が必要ですが、大手企業に比べれば複雑ではありません。
(2)個人・中小企業向けのサービス
中小会計事務所では、個人や中小企業に対するきめ細やかなサービスが求められます。
年末調整や節税対策など、顧客と密接に連携し、個別のニーズに応じたアドバイスを行います。相談は会計・税務に関するものだけではなく、採用や売上拡大のためのアドバイス、会社内で使う備品等の相談まで、なんでも屋的な部分もあるのが正直なところです。
(3)密着型のコンサルティング
経営者から直接話を聞くことで、企業の経営課題を把握し対応します。上記でも述べたように、税務だけでなく経営や財務全般にわたるサポートを行います。
特に経営者の方との話し合いでは、数字のことではなく経営に関するアドバイスを求められることが多いです。新規採用について、外国人労働者の紹介、新店舗の開拓など、わたし自身も様々なことにアンテナを張っていないとお答えできないような質問もたくさんあります。
■ 大手グローバル企業での税理士業務とは?
ここではわたしが働いていた国内大手自動車メーカーを例にご説明いたします。
ご存じのとおり自動車には数多くの部品があり、また様々な国と取引があり商流・物流が非常に複雑で、税理士業務の中でも最難関ではないかと思うほど複雑な業務でした。
(1)大手グローバル企業の経理部の仕事は?
① 企業での最初の配属部門
わたしは税理士の勉強をしながら、36歳の時に国内自動車メーカーの国内経理部会計グループに転職しました。
最初は主計業務担当になり経理処理を検討したり、決算短信や有価証券報告書、会社法計算書類などを作成する部署に配属になりました。
経理部門だけでも数百人の人がおり、誰が何をやっているのか把握するだけでも大変です。すこしでも早く業務に慣れようと、食事や飲み会などにも積極的に参加して、社内の関係を作るよう努力しました。
大きな案件でなければ最初から最後まで一人で仕事を担当することもある会計事務所の仕事と違い、上場企業では自分がやっている仕事は全体のほんの一部となります。
② 会計事務所から企業経理部に転職して気をつけた点
大手企業では、どんなことをやるにしても社内の調整は欠かせず、手続きなどもたくさんあります。社内での関係が上手くいっていれば手続きなどもスムーズに進みますし、とにかく人間関係を構築することが大切でした。
結局、そこで10数年働き、自動車メーカーにおける移転価格税制、各国の税務に関する知識、連結納税(グループ通算制度)、さらに上場企業の会計の経験を積みながら、税理士の資格も取得しました。
最終的にはマネージャーとして20人以上の部下もいましたので、モチベーション管理なども学ぶことができました。
(2)大手グローバル企業での税理士業務
業務1: グローバルな税務課題への対応
大手自動車メーカーでは、国際的な税務課題に対応することが求められます。特に、移転価格税制やBEPS、PE課税など、複数国にまたがる税務知識が必要になります。
例えば商流、物流が変わり、営業担当者がその国に半年以上滞在すると、そこに営業所があるとみなされて課税されてしまう、というようなことがあります。どのようにすれば課税されないようにするかなど、新規案件のたびに営業担当者や人事部等他管理部門と一緒に考えることも業務の一つでした。
業務2: 税務申告のための業務
大手企業では、法人税申告書が単体申告ではなく連結納税(グループ通算制度)であるため作成する申告書自体の数が膨大となります。
さらに別表4の調整項目が非常に多岐にわたり、時には数ページに及ぶこともあります。国際取引に関連する調整項目や、グループ間取引に関連する項目が含まれ、複雑さが増すため高度な専門知識が求められます。さらに作成する別表も種類が多く、それぞれ記載項目が多くなります。
業務3: 業務ローテーションによる税務以外の仕事
企業内税理士として税務のみを担当する採用もあるのかもしれませんが、わたしの場合は違いました。サラリーマンとして業務のローテーションがあり、有価証券報告書、決算書類の作成、開示業務なども担当しました。決算発表の資料なので、財務諸表論の知識が活かせる分野ではあります。
さらに予実算管理も行いました。これは各部署の特徴を理解するのに非常に役立ちました。他の公認会計士の方も工場経理を担当していましたので、資格で特別扱いされることはありませんでした。
■ それぞれの業務で求められるスキル
(1)中小会計事務所
まずは顧客から信頼されるためのコミュニケーション能力です。
また法人税、相続税、所得税、地方税などの幅広い税務知識と、正確な別表4作成能力。そして孤独な経営者からどんな相談を受けてもよい提案ができるような、アンテナの広さと高さでしょうか。
(2)大手グローバル企業
上記で述べた税理士として必要な知識に加えて、高い語学力が必要です。わたしが勤めていた企業でも、TOEIC高得点が管理職昇進の条件になっていました。日本語を使わない会議に出席することもしばしばありました。
また、ひとつ取引が増えると経理部の担当として他の社内の部門の人と協力することが必要になることもあります。それをいくつも同時並行して行うため、プロジェクトマネジメント能力も求められるというわけです。当然、社内の人といい関係を築く高いコミュニケーション能力も必須になります。
■ それぞれの業務のやりがい
(1)中小会計事務所
お客様との距離が近いため、顧客に直接貢献できているという実感が一番のやりがいです。
経営者の方と話をしますので、わたしのアドバイスで売上が伸びたなどの報告をいただけると、とても嬉しく思います。とにかく経営者の方からの感謝の言葉が直接聞けるのは素直にうれしいです。
また、税務に関することだけはない多様な業務経験をすることで、個人的にも成長できているのではないでしょうか。
(2)大手グローバル企業
大規模なプロジェクトに参画し、国際的な税務戦略を立案することで企業価値の向上に貢献できます。
グローバルな視点での税務最適化など、日々の苦労も多い分、自分自身が大きくスキルアップできることも魅力です。自分の仕事の結果が日経新聞などに掲載されたり、決算発表後に株価があがったり下がったりすることで、大きな仕事をしていると誇らしい気持ちにもなりました。
またローテーションによる幅広い業務経験や、海外転勤の可能性も大きな特徴です。
感謝の言葉を聞けるという機会は滅多にはありませんが、実績が人事評価に現れます。そのときに会社に役立ったのだと感じることができます。
■ まとめ
わたしの場合は大手自動車メーカーで働いていたということもあり、特に国際的な税務に関する対応が非常に煩雑で難しい業務でした。
海外の取引先と英語での打ち合わせも頻繁にありましたし、昼間は次々と持ち込まれる案件のミーティングを行い、夜に残業をして自分の仕事を処理するのが常態化するなど、多忙な日々だったと思います。また大手企業ではひとつの決定にも様々な人の承認が必要で、意思決定までにとても時間がかかり、もどかしい思いをすることもありました。
今は個人事務所を経営しているため、また別の苦労もありますが、今までの経験は自分が成長するための大きな糧になったと思っています。
それぞれの仕事で求められるものは大きく違います。自分に向いていること、どのように成長したいのかなどを見極めて、転職先は選ぶのがいいのではないでしょうか。
- 執筆者プロフィール
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山中 宏(やまなか ひろし)
税理士/山中宏税理士事務所
1995年中小企業診断士取得、2014年税理士登録、2020年ウェブ解析士取得。2021年6月山中宏税理士・中小企業診断士事務所開業。
会計事務所、大手自動車メーカー他実務経験が豊富。管理職経験が長く会社間や人とのコミュニケーション能力が高い。
現在では税理士として決算、税務相談、確定申告を行うだけでなく、中小企業診断士・ウェブ解析士として実地のコンサルティング、ウェブ集客・SNS集客を通して売上拡大、集客拡大の支援を行う。
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山中宏税理士・診断士事務所