令和5年度改正の主な改正項目は、相続時精算課税の要件緩和や電子取引のデータ保存制度の見直し、そしてインボイスの負担軽減措置などであり、一見すると納税者に甘い改正が多いように思われる。
しかし、当然ながら甘い話には裏もあり、見過ごしてはいけない注意点や落とし穴もある。本稿ではこれら3つの改正を中心に、押さえておくべきポイントについて解説する。
令和5年度 税制改正の押さえておくべき「ポイント」と「落とし穴(注意点)」
令和5年度改正の主な改正項目は、相続時精算課税の要件緩和や電子取引のデータ保存制度の見直し、そしてインボイスの負担軽減措置などであり、一見すると納税者に甘い改正が多いように思われる。
しかし、当然ながら甘い話には裏もあり、見過ごしてはいけない注意点や落とし穴もある。本稿ではこれら3つの改正を中心に、押さえておくべきポイントについて解説する。
生前贈与と相続を一体として考える相続時精算課税については、生前贈与に対する贈与税について2,500万円の特別控除があるものの、その範囲内の贈与であっても、相続時にはその全額が課税されるため、真の意味での節税とは言えず、利用が進んでいるとは言い難い状況であった。
暦年課税の場合、年110万の基礎控除の範囲内なら贈与税が非課税となり、生前贈与加算の対象期間(現行:相続開始前3年)でなければ相続税の対象になることはない。このため、生前贈与を相続税の節税に使うためには、暦年課税の方が有利とされていた。
この点を踏まえ、相続時精算課税においても、2,500万の特別控除とは別に年110万の贈与税の基礎控除が設けられることになった。その範囲内の贈与については、贈与税の課税対象外であり、かつ相続時精算課税であるのに、相続時に加算されることもないとされる。このため、暦年課税の有利な部分を相続時精算課税に取り入れた改正になっている。
それに止まらず、更に有利な部分がある。暦年課税の場合、生前贈与加算期間の対象期間に受けた贈与は、それが年110万の基礎控除の範囲内であっても全額相続税の対象になる。
しかし、相続時精算課税の基礎控除にはこのようなルールはなく、相続開始前3年前からの贈与であっても、年110万の範囲内なら相続税も課税されない。こういう訳で、相続時精算課税は現状の暦年課税よりも生前贈与がしやすい制度になったと言える。
とりわけ、現状言われている最も賢い生前贈与は、祖父母からは暦年贈与、親からは精算課税による贈与を受けるという方法である。暦年課税における生前贈与加算は、被相続人である贈与者から「相続又は遺贈により財産を取得した者」に適用されるため、祖父母の相続人ではない孫が生前贈与加算の対象になることは少ない。このため、暦年課税で年110万の範囲なら、原則として祖父母から無税で贈与をうけることができる。
一方で、親と子の間の贈与について相続時精算課税を使えば、相続時精算課税の基礎控除は暦年課税の基礎控除と別建てで110万使えるとされている。つまり、この方法によれば、原則として祖父母から110万、親から110万の合計220万の贈与が受けられるのだ。
本改正と並行して、生前贈与加算の期間が7年間に延長されている。数年前から、生前贈与を使って相続税を減らすのはけしからんとして、生前贈与と相続の一本化の必要性が叫ばれるようになった。この一本化の文脈の中で、生前贈与加算の加算期間が延長されることになり、過去7年の贈与についても、一定の金額を除き相続税の対象になる。先に見た要件緩和、そしてこの加算期間の拡大を見れば、相続時精算課税を選択する納税者が確実に増えると予測される。
選択の際に押さえるべきは、相続時精算課税は撤回できないということ。このため、後日相続時精算課税について不利な改正が実現しても、特別の措置が設けられない限り、相続時精算課税を使い続ける必要がある。
相続時精算課税は生前贈与と相続を一本で考える制度であるが、そうなると相続税も贈与税も課税されない年110万の基礎控除は理論的におかしい。消費税の免税事業者など、理論的におかしな制度はいろいろな歪みを生じさせるため、今後この取扱いが改正される可能性が大きいと考えている。そうなった場合、相続時精算課税を止めたくなっても止められない可能性があるため、慎重に選択したい。
なお、これらの改正は令和6年1月1日以後の贈与に対して適用される。
令和3年度改正で義務付けられた電子取引のデータ保存については、システム対応が間に合わないなど「やむを得ない事情」があれば、令和5年12月31日まで適用が猶予されている。しかし、現時点においてもまだ負担が大きいことから、実質的に紙保存を認めるという措置が設けられることになった。
具体的には、一定の小規模事業者が電子取引のデータのダウンロードに応じる場合に免除される検索要件の緩和について、対象となる事業者の範囲が拡大するとともに、法に定める要件での電子保存ができない「相当の理由」があれば、電子取引のデータのダウンロードに応じ、かつそのデータをプリントアウトした書面を提示等することを要件に、法令上の要件に関係なくその電子取引のデータを電子保存できることとされた。
これらの改正は、令和6年1月1日以後に行う電子取引のデータ保存について適用される。
本改正について、電子取引のデータをプリントアウトした紙で保存することができる、と安直な解説をしている専門家が見られるが、これは正しくない。電子取引のデータ保存は必要で、あくまでもその要件を緩和するための条件として紙保存が上がっているに過ぎない。このため、プリントアウトした後のデータを廃棄するなどすれば、青色申告が否認されることもあるし、保存している電子取引のデータに改ざんなどがあれば、重加算税が上乗せで課税される可能性がある。
何より、「相当な理由」の解釈が問題になる。「相当な理由」は、現状の猶予の要件である「やむを得ない事情」よりもハードルが高いと言われる。このため、「電子取引のデータ保存ができない」と誰もが納得せざるを得ないような理由が本来は必要である。
なお、この点については、「相当な理由」が必要と言いながら、実務ではかなり柔軟に解釈されるという情報もある。税務署としては事実関係が確認できれば電子データであろうが紙であろうが問題にしないからだ。しかし、法令上は非常に厳しい要件となっているため、今後の国税庁の見解なども確認することとしたい。
令和5年10月からスタートするインボイス制度については、消費税負担を嫌悪する零細の事業者の反論もあり、何らかの負担軽減措置が必要になると言われていた。
この点を踏まえ、インボイスの登録事業者にならなければ、免税事業者であったはずの一定の事業者については、消費税の納税額を課税売上の2割とすることができるという経過措置が設けられる。この経過措置は非常に使いやすい制度で、事前の届出もなく申告時に選択することが可能であり、簡易課税制度が強制される事業者であっても選択できるとされている。
納税額が2割で済むため、多くの事業者にとっては非常にうれしい改正であるが、注意すべきは選択ミスが許されないということである。この措置が使えるのに、当初申告で使うのを失念した、という場合には、更正の請求等で後日この措置を適用することは不可能と考えられる。選択するかはあくまでも任意とされ、この措置を使わない申告も有効とされるからだ。
とりわけ、対象となる事業者の判定は複雑である。登録事業者でなければ免税であった事業者が原則として対象であるため、資本金1千万円以上の新設法人の1期目などは対象にならない。判定ミスをすると取り返しが効かず、税負担に大きな差が生じて税賠にも発展しかねないため、慎重な対応が必要である。
その他、インボイスの負担軽減措置については、所定の小規模事業者に係る少額取引のインボイス保存義務の免除(時限措置)や少額の返還インボイスの交付義務の免除措置(恒久措置)も設けられている。詳細、財務省のホームページを参照されたい。
以上、令和5年度改正のうち、主要な項目について解説したが、適用に当たっては慎重な対応が必要である。
近年の税制改正対応について思うことだが、ろくに内容を検討していないのに税制改正大綱をコピペして早い税制改正解説をすることでアクセスを集めようとしたり、注目を集めるトピックをやたら強調したりして閲覧数を稼ごうとしたりする専門家が多い。こういう専門家の検討は浅いため、それを安易に信用すると気づかないうちに落とし穴に嵌ることがある。
このため、今後の改正法もきちんと読み込んで税制改正に対応する必要がある。
昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。
現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。とりわけ、平成10年以後の法人税制抜本改革を担当した元主税局課長補佐に師事した法令解釈と、国税経験を活かして予測される実務対応まで踏み込んだ、税制改正解説テキストは数多くの税理士が購入し、非常に高い支持を得ている。
著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に 税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。
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