■税理士業界の現状と市場規模の推移
(1)税理士業界の市場規模の推移
税理士業界の市場規模は、長期的に見ると緩やかな成長を続けてきました。総務省統計局が公表している「サービス産業動向調査」によると、2017年の会計事務所(税理士事務所・公認会計士事務所)の年間売上高は約1兆6000億円超、経済産業省・総務省が公表した「令和3年 経済センサス」(2021年)は約1兆9000億円でした。
企業活動が活発化するにつれて税務相談や会計業務へのニーズが高まり、税理士への需要も拡大してきた経緯があります。特に平成から令和初期にかけては、中小企業の増加とともに市場も拡大傾向にありました。
統計の数字だけを見ると右肩上がり傾向が続いているようにも感じますが、
大手税理士法人が堅調に業績を伸ばしている一方で、小規模な個人事務所は厳しい競争環境に置かれているという二極化の傾向も見られます。
会計事務所・税理士事務所の顧問先である中小企業の数は年々減少傾向にあり、市場全体のパイが拡大しにくい中で、どのようなサービスを提供し、どのように付加価値を高めていくかが問われる時代になっているといえるでしょう。
(2)税理士登録者数の推移
税理士の登録者数は、長年にわたり増加し続けてきました。税理士登録者数は年々右肩上がりで推移しており、日本税理士会連合会の調べによると、2024年度の税理士登録者数は8万1696人と過去最多。この増加傾向は、税理士試験の合格者が毎年一定数いることに加え、税理士資格を取得できる他の経路、たとえば税務署での勤務経験を経て資格を得る方も多いことが背景にあります。
登録者数が増えるということは、一見すると業界が活性化しているように思えるかもしれません。しかし実際には、登録者数の増加傾向は徐々に緩やかになっており、税理士試験受験者数も年々減少しています。また、顧客となる企業数が減少している中で税理士の数だけが増えているため、一人あたりの顧客数が減少し、競争が激化しているという側面があるのも事実です。
特に都市部では税理士の数が飽和状態に近く、新規で独立開業する税理士が顧客を獲得するのは容易ではありません。
登録者数が増える一方で、実際に活動している税理士の割合や、どれだけの税理士が安定した収入を得られているかという点については、必ずしも楽観視できない状況があります。
(3)顧客企業数の減少とその背景
税理士業界にとって深刻な問題の一つが、顧客となる企業数の減少です。日本国内の企業数は、少子高齢化や後継者不足の影響を受けて減少傾向にあります。
特に中小企業や個人事業主の数が減っており、これが税理士の主要な顧客層の縮小に直結しています。
企業数が減少する理由としては、経営者の高齢化に伴う廃業が最も大きな要因です。後継者が見つからず、やむなく事業を畳むケースが全国各地で見られます。また、経済環境の変化により、事業の継続が難しくなる企業も少なくありません。新規開業する企業もありますが、廃業数を上回るほどの勢いはなく、全体としては減少傾向が続いています。
■税理士業界の課題と人材不足
(1)税理士の高齢化と後継者不足
税理士業界が直面している大きな課題の一つが、税理士自身の高齢化です。現在、税理士登録者の平均年齢は60歳を超えており、全体の約半数が60歳以上という統計もあります。これは他の専門職と比較しても高齢化が進んでいる状況といえます。
高齢化が進む背景には、税理士資格の取得経路が複数あることが関係しています。税理士試験に合格する以外にも、税務署で長年勤務した後に資格を取得する経路があるため、必然的に中高年の登録者が多くなります。また、税理士は定年がなく、体力が続く限り働き続けられる職業であるため、高齢になっても現役を続ける方が多いのも特徴です。
しかし、この高齢化は深刻な後継者不足の問題を引き起こしています。
長年にわたって顧客と信頼関係を築いてきた税理士が引退する際、その顧客を引き継ぐ後継者が見つからないケースが増えているのです。
特に地方では若手税理士の絶対数が少なく、事業承継が大きな課題となっています。顧客にとっても、長年お世話になった税理士が引退した後、新しい税理士を探さなければならないという負担が生じます。
(2)人材不足と採用の難しさ
また、税理士業界全体としては深刻な人材不足に直面しています。特に若手の税理士や税理士補助の確保が難しくなっており、多くの事務所が採用に苦戦しています。この背景には、税理士試験の受験者数が減少していることが大きく影響しています。
税理士試験は難関資格として知られており、合格までに数年を要することも珍しくありません。働きながら試験勉強を続けるのは大変な労力を必要とし、若い世代にとっては他の職業選択肢と比較した際の魅力が相対的に低下しているといえます。また、税理士資格を取得しても、必ずしも高収入が約束されるわけではないという現実も、若者の税理士離れに拍車をかけています。
さらに、税理士事務所での労働環境が厳しいというイメージも、採用の難しさに影響しています。繁忙期には長時間労働になりがちで、ワークライフバランスを重視する若い世代にとっては敬遠される要因となっています。こうした状況を改善するため、業界全体として働き方改革を進めたり、魅力的なキャリアパスを示したりする取り組みが求められています。
(3)顧客の減少と顧問料の低下
税理士業界では、顧客数の減少と同時に顧問料の低下という二重の課題に直面しています。
企業数の減少により顧客基盤が縮小する中、税理士間の競争が激化し、価格競争に巻き込まれるケースが増えているのです。
特にインターネットを通じた価格比較が容易になったことで、顧客側は複数の税理士事務所を比較検討しやすくなりました。その結果、低価格を売りにする税理士事務所が登場し、業界全体の価格水準が下がる傾向にあります。月額顧問料が数万円だった時代から、今では数千円から対応する事務所も現れており、従来型の価格設定では顧客を維持することが難しくなっています。
また、
クラウド会計ソフトの普及により、企業側が自社で会計処理を行うケースが増えたことも、顧問料低下の一因となっています。
これまで税理士に依頼していた記帳代行業務を、企業が自分たちで行うようになり、税理士への依頼内容が税務申告のみに限定されるケースが増えているのです。
こうした状況に対応するためには、単なる価格競争ではなく、付加価値の高いサービスを提供することが不可欠です。経営コンサルティングや事業承継支援など、より専門性の高い分野に業務をシフトしていくことが、今後の税理士には求められています。
■税理士業界の変化とデジタル化
(1)AIやRPA普及による業務効率化
税理士業界において、AI(人工知能)やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)といったテクノロジーの導入が急速に進んでいます。これらの技術は、税理士の業務を根本から変える可能性を秘めています。
特に定型的な業務において、AIやRPAの活用効果は顕著です。たとえば、領収書のデータ入力作業は、OCR技術とAIを組み合わせることで自動化が可能になりました。銀行口座やクレジットカードの取引データも自動的に会計ソフトに取り込まれ、仕訳作業の多くが自動化されています。これにより、税理士やスタッフが手作業で行っていた業務が大幅に削減され、業務効率が飛躍的に向上しています。
また、税務申告書の作成においても、AIが過去のデータや税法のルールを学習することで、ある程度の自動作成が可能になってきています。単純な申告であれば、AIのサポートによって短時間で正確な申告書を作成できるようになっているのです。
このようなテクノロジーの進化は、一見すると税理士の仕事を奪うものと捉えられがちですが、実際にはそうではありません。定型業務が自動化されることで、税理士はより付加価値の高い業務に時間を割けるようになります。たとえば、顧客企業の経営課題に対するアドバイスや、将来を見据えた戦略的な税務プランニングなど、人間にしかできない高度な業務に集中できるのです。
(2)SNSやインターネットの活用
税理士業界においても、SNSやインターネットを活用したマーケティングや情報発信が重要になってきています。従来、税理士は口コミや紹介によって顧客を獲得することが一般的でしたが、デジタル時代の今、オンラインでの存在感が新規顧客獲得の鍵となっています。
特にホームページやブログを通じた情報発信は、税理士の専門性をアピールする効果的な手段です。税務に関する役立つ情報を定期的に発信することで、潜在顧客からの信頼を獲得し、問い合わせにつなげることができます。また、SEO対策を施すことで、税理士を探している企業や個人に自然な形でリーチできるのです。
SNSの活用も広がっています。TwitterやFacebookなどを通じて、税務情報をタイムリーに発信したり、顧客とのコミュニケーションを図ったりする税理士が増えています。特に若手の税理士の中には、YouTubeで税務解説動画を配信したり、Instagramでビジュアルコンテンツを発信したりする方もおり、新しい形での認知度向上に取り組んでいます。
さらに、オンライン相談やクラウドサービスを活用することで、地理的な制約を超えて全国の顧客にサービスを提供できるようになりました。Zoomなどのビデオ会議ツールを使えば、対面と変わらない質の相談が可能ですし、クラウド会計ソフトを使えば、顧客と税理士がリアルタイムで同じデータを共有できます。このようなデジタルツールの活用は、今後ますます当たり前になっていくでしょう。
■今後の税理士に求められるスキル
(1)専門性を高めるための戦略
税理士業界の競争が激化する中、生き残るためには専門性を高めることが不可欠です。
すべての分野に精通するゼネラリストを目指すよりも、特定の分野に強みを持つスペシャリストとして認知されることが、今後の成功の鍵となります。
専門分野としては、たとえば国際税務、相続税、医療業界、飲食業界、IT業界など、さまざまな選択肢があります。特定の業界に特化することで、その業界特有の税務課題や会計処理に精通し、他の税理士との差別化を図ることができます。医療業界であれば医療法人の設立や承継、診療報酬の処理など、専門的な知識が求められます。IT業界であれば、研究開発税制やソフトウェアの会計処理など、特殊な論点に詳しくなる必要があります。
また、相続税や事業承継に特化する税理士も増えています。高齢化社会を迎える中、相続税対策や円滑な事業承継へのニーズは高まる一方です。この分野では、税務だけでなく、不動産や金融商品、保険などの幅広い知識が求められ、高度な専門性を発揮できる領域といえます。
専門性を高めるためには、継続的な学習が欠かせません。税法は毎年改正されますし、新しい制度や判例も次々と登場します。セミナーへの参加や専門書の購読、さらには関連資格の取得など、常に最新の知識をアップデートし続ける姿勢が求められます。
(2)コンサルティング能力の重要性
これからの税理士には、単なる税務申告の代行だけでなく、経営コンサルティング能力が求められます。顧客企業の経営課題を理解し、解決策を提案できる税理士こそが、真の意味で価値を提供できる存在となるのです。
コンサルティング能力とは、数字から企業の現状を読み解き、将来を予測し、具体的な改善策を提示する力です。たとえば、財務諸表を分析して収益性や安全性の問題点を指摘したり、キャッシュフローの改善策を提案したりすることが求められます。また、事業計画の策定をサポートしたり、資金調達のアドバイスをしたりすることも、コンサルティング業務の一環です。
特に中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な専門家であり、相談相手です。会計や税務だけでなく、経営全般について気軽に相談できる存在として期待されています。そのため、税務の枠を超えた幅広い知識と、経営者の悩みに寄り添う姿勢が必要になります。
コンサルティング能力を身につけるためには、財務分析のスキルだけでなく、コミュニケーション能力も重要です。経営者の話をじっくり聞き、本質的な課題を見極める力、そして専門用語を使わずに分かりやすく説明する力が求められます。また、単に問題点を指摘するだけでなく、実行可能な解決策を一緒に考え、実行をサポートする姿勢が大切です。
(3)ITスキルとデジタル化への対応
デジタル化が進む現代において、税理士にとってITスキルは必須のものとなっています。クラウド会計ソフトの操作はもちろん、各種ビジネスツールを使いこなせることが、効率的な業務運営の前提条件です。
具体的には、クラウド会計ソフト(freee、マネーフォワード、弥生会計オンラインなど)の操作に習熟することが基本です。これらのソフトは従来の会計ソフトとは操作感が異なるため、しっかりと学習する必要があります。また、顧客企業にこれらのソフトを導入する際には、導入サポートや操作指導も求められます。
さらに、ビデオ会議ツール、チャットツール、プロジェクト管理ツールなど、リモートワークを支えるツールの活用も重要です。これらを使いこなすことで、顧客とのコミュニケーションが円滑になり、業務効率も向上します。また、電子申告や電子帳簿保存法への対応も、今や避けて通れない領域です。
ITスキルを身につけることは、単に業務効率を上げるだけでなく、顧客へのアドバイスの幅を広げることにもつながります。デジタル化に不安を抱える中小企業に対して、適切なITツールを提案し、導入をサポートできる税理士は、大きな付加価値を提供できるのです。
■税理士業界における成功事例
(1)成功した独立税理士のケーススタディ
税理士業界で成功を収めている独立税理士の事例を見ると、いくつかの共通点が見えてきます。その一つが、明確な専門分野を持っていることです。
税理士のAさんは、飲食業界に特化することで成功を収めました。自身が飲食店経営の経験を持っていたこともあり、飲食店特有の会計処理や経営課題に精通していました。飲食店向けのセミナーを定期的に開催したり、業界特化型のブログで情報発信をしたりすることで、徐々に認知度を高めていきました。今では地域の飲食店から厚い信頼を得て、多くの顧客を抱える事務所に成長しています。
またBさんは、相続税専門という看板を掲げて成功しました。相続税は複雑で専門性が高い分野であり、一般の税理士では対応が難しいケースも少なくありません。Bさんは、相続税に関する書籍を執筆したり、セミナー講師として活動したりすることで専門家としての地位を確立しました。また、弁護士や司法書士、不動産業者とのネットワークを構築し、相続に関するワンストップサービスを提供できる体制を整えたことも成功の要因です。
これらの事例に共通するのは、単に税務申告をこなすだけでなく、顧客の課題に深く寄り添い、専門性の高いサービスを提供している点です。また、積極的な情報発信によって自らのブランドを確立し、顧客から選ばれる存在になっている点も重要です。
(2)新しいビジネスモデルを導入した税理士法人
税理士法人の中にも、従来の枠にとらわれない新しいビジネスモデルで成功している事例があります。その一つが、サブスクリプション型のサービスを展開する税理士法人です。
Cさんが代表を務める税理士法人では、従来の個別契約ではなく、月額定額制のサービスを提供しています。基本的な税務相談や会計処理のサポートを月額固定料金で提供し、追加のコンサルティングが必要な場合は別途料金を設定するという仕組みです。この方式により、顧客は予算を立てやすくなり、気軽に相談できる環境が整いました。一方、税理士法人側も安定した収益を確保できるというメリットがあります。
また、完全オンライン対応を打ち出した税理士法人も登場しています。全国どこからでもサービスを受けられることを強みとし、地方の企業や個人事業主からの需要を取り込むことに成功しています。オンライン面談とクラウドツールを駆使することで、物理的な距離に関係なく質の高いサービスを提供できることを証明しました。
これらの事例は、既存のビジネスモデルにとらわれず、時代の変化に合わせて柔軟に対応することの重要性を示しています。顧客のニーズを的確に捉え、テクノロジーを活用し、新しい価値を提供する姿勢が、今後の税理士業界では求められているのです。
■まとめ
税理士業界は今、大きな転換期を迎えています。市場規模の横ばい、顧客企業数の減少、税理士の高齢化と人材不足、そしてAIやデジタル化の波など、さまざまな課題と変化が同時に押し寄せています。こうした環境の中で、従来のやり方だけに固執していては生き残ることが難しくなっているのが現実です。
しかし、これは見方を変えれば大きなチャンスでもあります。デジタル化によって定型業務が効率化されることで、税理士はより付加価値の高い業務に集中できるようになります。専門性を高め、コンサルティング能力を磨き、ITスキルを身につけることで、顧客にとって欠かせない存在になることができるのです。
成功している税理士や税理士法人の事例を見ても、共通しているのは変化を恐れず、積極的に新しいことに挑戦している点です。特定の分野に特化したり、新しいビジネスモデルを導入したり、デジタルツールを駆使したりすることで、競争の激しい市場の中でも確固たる地位を築いています。
これから税理士を目指す方も、すでに業界で活躍されている方も、常に学び続け、変化に対応し、顧客に真摯に向き合うことで、必ず道は開けるはずです。税理士業界の未来は、一人ひとりの税理士が作り出していくものなのです。今こそ、自分自身の強みを見つめ直し、新しい時代に求められる税理士像を追求していく時ではないでしょうか。
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