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AIは税理士試験に合格できるのか?見えてきた人間が磨くべき“強み”とは?
—留保金課税編

2025年7月11日税理士 山中 宏
■ 「AIが税理士試験を解く」実験!鬼門・留保金課税に挑戦
AIが税理士試験の問題を解いて、それを別のAIが採点するという試みですが、今回挑戦したのは、税理士試験の中でも「鬼門」と呼ばれる留保金課税の問題。
令和6年の税理士試験・法人税法の理論問題第1問 問1です。人間の受験生でも頭を抱える難問に、AIがどこまで太刀打ちできるのか——結果は予想以上に興味深いものでした。
今回の環境は回答も採点もGensparkプラットフォーム上でChatGPT、Claude、Geminiの3つのAIエンジンが同時に稼働する環境を選択しました。
■ 留保金課税って何?AIが理解した複雑な仕組み
まず、留保金課税について簡単に説明しましょう。これは、家族経営の会社とかで「利益が出ても配当しないで、会社にお金を溜め込んじゃおう」という作戦を使って税金逃れをするのを防ぐ制度です。税務署は「あんまり溜め込みすぎると、追加で税金払ってもらいますよ」というルールを作りました。
この制度、判定がめちゃくちゃ複雑なんです。まず「特定同族会社」に該当するかチェックする。該当したら今度は「どれだけ溜め込んだか」を細かく計算して、一定の控除額を超えた部分に税金をかける——という複数段階に渡る仕組みになっています。
■ 株主構成のパズルを解け!AIの真骨頂はここにあり
今回の問題では、ある会社の株主構成がパズルみたいに複雑でした。個人株主、法人株主、その人の配偶者、完全子会社、自己株式——まるで人間関係図を作るような作業です。
この部分は、正直言ってAIの独壇場でした。税法では「特殊関係者」という概念があって、配偶者や完全支配している会社は「実質的に同じ人が持ってる」として扱われます。これはデータの関連性を見つけるのが得意なAIにとっては、それほど難しくない作業です。
「FさんはBさんの配偶者で、Eは完全に支配してる会社で、自己株式は議決権から除外して...」みたいな複雑な関係を整理して、「このグループが会社の過半数を支配してる」という結論を導き出すのは、AIの論理的思考が活かされる場面でした。この段階ではAIの気持ちを代弁すると「完璧にできた」です。
■ AI、計算フェーズで失速——「所得等の金額」で大混乱
ところが、留保金課税の具体的な計算に入ったとたん、AIの限界が露呈しました。最大の問題は「所得等の金額」という概念の理解不足でした。
普通の法人税では、他の会社からもらった配当は「益金不算入」といって税金がかかりません。でも留保金課税では、この益金不算入になった配当も含めて「所得等の金額」を計算します。この制度は「実際に会社がどれだけのお金を溜め込めるか」を見ているからです。税金がかからなくても、会社にとっては現実のお金として入ってきます。
この辺りの「制度の趣旨」みたいな部分が、AIにはまだまだ難しいようです。条文の文字面は理解できても、「なぜそうなってるのか」という背景を深く理解するのは苦手かもしれません。
■ 配当控除で誤認——制度趣旨の理解が勝敗を分ける
もう一つの大きなミスは、配当控除のタイミングでした。AIは「前期の期末配当」を控除対象として計算しましたが、正しくは「当期の期末配当」を控除するべきでした。
これも制度の趣旨を理解していれば避けられた間違いです。
人間の受験生なら「あ、これは当期配当だな」と実務的な感覚や試験勉強特有の論点なので気づくかもしれません。一方のAIは条文の文字面だけを追いがちで、こういう実質的な判断、なぜそうなるのかという思考が苦手みたいです。
■ AIの採点タイムは客観的だったのか
解答を終えた後、今度は採点者としてのAIの登場です。模範解答と照らし合わせながら、自分の解答を分析しました。結果は満点の半分強である20点満点中12点。実際の採点結果とフィードバックは以下のとおりです。
A社留保金課税問題の採点結果とフィードバック
あなたの解答を模範解答と詳細に比較検討し、複数の観点から総合的に評価いたします。
総合採点結果:12点/20点
この採点は、特定同族会社の判定における優秀な分析力と制度理解の深さを評価する一方で、留保金課税の具体的計算における重要な要素の見落としを適切に反映したものです。
項目別詳細採点
特定同族会社の判定(4点/4点)
あなたの分析は模範解答と完全に一致しており、極めて優秀です。Bグループの実質保有割合52.63%の計算、特殊関係者の認定(配偶者F、100%子会社E社)、自己株式の除外処理、そして資本金要件(200,000,000円>1億円)の判定まで、全て正確に行われています。法人税法施行令第4条の適用も適切で、この分野の理解は完璧です。
制度理解・法的根拠(3点/3点)
留保金課税制度の趣旨説明、法人税法第67条から第69条の根拠規定の記述、段階税率の理解など、制度の基本的枠組みについて正確に把握されています。特に、同族会社の利益留保による租税回避防止という制度趣旨の説明は的確でした。
留保所得計算(1点/5点)
ここで重要な計算誤りが発生しています。模範解答では以下の計算構造となっています:
所得等の金額=所得金額100,000,000円+受取配当益金不算入額7,000,000円=107,000,000円
留保した金額=107,000,000円-当期配当7,500,000円-損金不算入額14,000,000円=85,500,000円
正直に言うと、この採点は「甘め」だったような気がします。実際の本試験では限られた時間の中で試験委員が採点します。最終的な課税額も大きく間違っていたのですから、こんなに部分点を加算するとは思えません。AIの自己採点は、良い部分を見つけて評価しようとする「優しさ」があるようです。
■ AIの失敗から学ぶ、人間が磨くべき“強み”とは?
この経験から、税理士とAIの関係にとって参考になることもありそうです。
複雑な関係性の整理みたいな論理的な作業は、AIの得意分野。でも、概念の深い理解や実質的な判断は、まだまだ人間の方が上手です。だから「なぜそうなるのか」という理屈の部分をしっかり理解することが、人間の武器になりそうです。
また、AIは条文の文字面を追うのは得意だけど、その背景にある制度趣旨を理解するのは苦手のようです。人間は、この制度趣旨の理解を強みにできるはずです。
■ AIと人間、それぞれの得意分野をどう活かすか?
今回の挑戦を通じて、AIにも得意分野と苦手分野があることがよく分かりました。複雑な関係性の整理や論理的な分析は得意だけど、概念の深い理解や実質的な判断はまだまだ人間に劣ります。でも、これは決してAIが劣っているということではなく、AIと人間は、それぞれ違う強みを持っています。
将来的には、AIの論理的な分析力と人間の直感的な理解力を組み合わせることで、もっと良い結果が得られるかもしれません。
税理士という職業も、AIの進歩で変わっていくでしょう。でも、クライアントとの信頼関係や、複雑な状況での実質的な判断など、人間ならではの価値は残り続けると思います。
- 執筆者プロフィール
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山中 宏(やまなか ひろし)
税理士/山中宏税理士事務所1995年中小企業診断士取得、2014年税理士登録、2020年ウェブ解析士取得。2021年6月山中宏税理士・中小企業診断士事務所開業。
会計事務所、大手自動車メーカー他実務経験が豊富。管理職経験が長く会社間や人とのコミュニケーション能力が高い。
現在では税理士として決算、税務相談、確定申告を行うだけでなく、中小企業診断士・ウェブ解析士として実地のコンサルティング、ウェブ集客・SNS集客を通して売上拡大、集客拡大の支援を行う。
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