■「受かりやすさ」を測る三つの軸を理解する
(1)合格率の数字に隠された真実
税理士試験の科目選択を考えるとき、多くの受験生がまず目にするのが合格率のデータです。確かに数字は一つの指標にはなりますが、それだけで判断するのは危険です。
過去数年の傾向を見ると、相続税法の合格率が比較的高めに推移していることがわかります。しかし、合格率が高いからといって必ずしも合格しやすいとは限りません。税理士試験は相対評価で行われているため、受験者全体のレベルによって実質的な難易度は大きく変わってくるのです。
また、注意したいのが年度による変動の大きさです。税法ではないのですが、財務諸表論ではある年は合格率が20%台後半だったものが、翌年には一桁台まで下落するといった劇的な変化も起こりえます。こうした変動は、出題傾向の変化や受験者層の質の変化によって生じます。合格率という数字だけを見て科目を選ぶと、予想外の苦戦を強いられる可能性があるのです。
(2)受験者層の質が合否を分ける
税理士試験で本当に重要なのは、実は「誰と戦うか」という視点です。相対評価の試験である以上、自分以外の受験者のレベルが合否に直結します。
例えば法人税法は、税理士試験の中でも最も実務で使用頻度が高い科目です。そのため、すでに実務経験を積んだ受験専念者や、強い覚悟を持った受験生が集まってきます。つまり、合格率が10数パーセントあったとしても、その枠を争うライバルのレベルは極めて高いのです。
(3)学習ボリュームと生活スタイルのマッチング
科目選択において最も現実的に考えるべきなのが、学習に必要な時間と自分の生活スタイルの相性です。
法人税法や所得税法といった大型税法は、合格までに約600時間の学習が必要とされています。一方、ミニ税法では約150時間という科目もあり、4分の1程度の学習時間で済むとされています。ただし、ここで注意が必要なのは、学習時間が短いことが必ずしも合格しやすさを意味しないという点です。
学習範囲が狭い科目ほど、受験生全員が試験範囲を完璧に仕上げてきます。そのため、ほぼ満点に近い精度が求められ、一つのケアレスミスが命取りになります。試験当日の問題との相性など運の要素が強くなるのです。反対に、学習ボリュームが大きい科目は試験範囲が広い分、完璧に仕上げている受験生は少なく、実力が素直に反映されやすいという特徴があります。
あなたが働きながら受験するのか、それとも受験に専念できる環境にあるのか。家族の協力は得られるのか、残業は多いのか。こうした個々の事情によって、最適な科目選択は大きく変わってくるのです。
■選択必修科目の戦略的選択~法人税法か所得税法か
(1)法人税法を選ぶべき人の条件
選択必修科目として、法人税法と所得税法のどちらか一方を必ず選択する必要があります。この選択は、今後の実務キャリアに大きく影響するため、慎重に考えたいところです。
法人税法を選ぶ最大のメリットは、実務での使用頻度の高さです。税理士事務所や会計事務所で働く場合、法人クライアントの申告業務が中心となるケースが多く、法人税の知識は日常的に活用できます。学習内容が実務に直結するため、勉強したことが無駄にならず、逆に実務経験が受験勉強を補強してくれるという好循環が生まれます。
ただし、法人税法の学習ボリュームは税理士試験の中でも最大級です。600時間という目安時間は、実際には倍以上かかることも珍しくありません。法人税法に限った話ではありませんが、毎年のように税制改正があり、学習範囲が広がったり、覚え直しが必要になったりするリスクがるあため、長期戦を覚悟する必要があるでしょう。
(2)所得税法という選択肢の実際
所得税法は、法人税法と並ぶ大型税法であり、学習ボリュームは法人税法の9割程度とも言われています。つまり、こちらも相当な学習時間が必要な科目です。
所得税法の特徴は、個人の確定申告に関する深い知識が身につく点です。将来的に独立開業を目指している方や、個人クライアント向けのサービスを展開したい方には有用な科目と言えます。
しかし、実務の場面では法人税の知識を使う機会が圧倒的に多いのが現実です。そのため、選択必修科目としては法人税法を選び、所得税の知識は実務を通じて必要に応じて習得していくという選択をする受験生が多数派となっています。
(3)どちらを選ぶかの判断基準
法人税法と所得税法のどちらを選ぶかは、最終的にはあなたのキャリアビジョンと学習環境によって決まります。
すでに税理士事務所で働いており、日常的に法人税の申告業務に携わっているなら、法人税法を選ぶことで勉強と実務のシナジーが生まれます。逆に、まだ実務経験がない方や、将来的に資産税に特化したいと考えている方なら、どちらを選んでも大きな差はないかもしれません。さらに、どちらか一方にするのではなく、法人税法と所得税法は学習範囲が重なる点も多々あるため、セットで学習することも選択肢の一つではないでしょうか。
どのような選択をするにしても、それは簿記論・財務諸表論とは比較にならないほどの学習時間と労力を要する長い戦いになるということです。安易に「楽そうだから」という理由で選ぶのではなく、自分の人生設計の中でどちらがより価値があるかを考えて決断することをお勧めします。
■選択科目の本音評価~相続税法と消費税法
(1)相続税法の魅力とハードル
選択科目の中で、実務での価値が高く、かつ将来性もある科目が相続税法です。日本の高齢化が進む中で、相続案件は増加の一途をたどっており、相続税に強い税理士のニーズは高まっています。
相続税法の学習では、不動産や非上場株式などの財産評価が中心となります。これは税理士の専門性が最も発揮される分野の一つであり、付加価値の高いサービスを提供できる能力が身につきます。また、試験範囲が法人税法などと比べると狭く、対策は立てやすい部類に入ります。
また、財産評価という特殊な計算スキルが求められるため、単なる暗記では太刀打ちできません。土地の評価、株式の評価など、複雑な計算を正確かつスピーディーに行う訓練が必要です。合格率が比較的高めに出ている年もありますが、それは試験が易しいというよりも、レベルの高い受験生同士の中での相対評価の結果と考えるべきでしょう。
(2)消費税法の独特な位置づけ
消費税法は、税理士試験の税法科目の中で最も実務に直結する科目と言っても過言ではありません。あらゆる事業者が消費税の申告を行う必要があり、会計事務所に勤めた初日から消費税の知識が求められます。
学習ボリュームとしては、中程度に位置づけられますが、受験者は税法の中では一番多い科目になります。私たちが日常的に触れている消費税なので、イメージがしやすく、学習を始めやすいという利点があります。また、簿記論・財務諸表論の合格後、すぐに取り組む科目として選ばれることが多く、早い段階で実務に役立つ知識を身につけられます。
ところが、消費税法には不思議な特徴があります。それは、
実力があっても毎年不合格を繰り返す受験生が多いという点
です。理論の言い回しが他の税法よりも難解で覚えにくく、計算問題もボリュームが多い上に処理スピードが求められます。試験問題との相性による運の要素も大きく、安定して合格点を取るのが難しい科目なのです。
過去数年の合格率を見ると、消費税法は10%前半と、全科目の中でも最も低い水準で推移しています。この数字は、消費税法の難しさを端的に表していると言えるでしょう。
(3)実務志向の科目選択戦略
相続税法と消費税法、どちらも実務で極めて重要な科目です。理想を言えば両方とも取得したいところです。
一つの戦略として考えられるのは、法人税法の次に消費税法を受験し、実務で頻繁に使う知識を早めに固めておくという方法です。その後、5科目目として相続税法を選択するという流れです。この順序なら、学習の早い段階から実務に活かせる知識が得られ、仕事と勉強の相乗効果が期待できます。
あるいは、将来的に資産税業務に特化したいと考えているなら、多少ハードルが高くても相続税法を選択する価値は十分にあります。相続税の専門知識を持つ税理士は市場価値が高く、独立開業後の差別化要因にもなります。
ただし、どちらの科目も決して「受かりやすい」わけではないことは肝に銘じておく必要があります。本気で取り組む覚悟が必要な科目であることは間違いありません。
■まとめ~戦略的科目選択が合格への鍵
税理士試験における科目選択は、単に「受かりやすい科目」を探すことではありません。それは、あなたの将来のキャリア、現在の生活環境、そして個人の適性を総合的に考慮した、戦略的な意思決定なのです。
合格率という数字は一つの参考にはなりますが、それだけで判断するのは危険です。受験者層のレベル、学習ボリューム、実務での活用度、自分の得意分野との相性など、多角的な視点から科目を評価する必要があります。
選択必修科目である法人税法と所得税法については、将来のキャリアビジョンと実務での使用頻度を重視して選択することをお勧めします。多くの場合、法人税法がより実践的な選択となるでしょう。
選択科目については、相続税法と消費税法という実務で価値の高い科目を優先的に検討するという戦略が、バランスの取れたアプローチと言えます。
ただし、これらはあくまで一般論です。あなた自身の状況、目標、適性によって、最適な選択は異なります。他人の成功パターンを盲目的に追うのではなく、自分だけの合格戦略を立てることが重要なのです。
税理士試験は長い戦いです。時には挫折を経験し、モチベーションが下がることもあるでしょう。しかし、明確な戦略と目標があれば、その困難を乗り越えることができます。あなたの科目選択が、税理士としての輝かしいキャリアの第一歩となることを願っています。
(執筆協力:簿記講師 鯖江 悠平)
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