■なぜ税理士事務所の志望動機は「ありきたり」になってしまうのか
税理士事務所への転職における志望動機が似通ってしまう背景には、業界特有の構造があります。多くの応募者が「税理士資格の取得を目指している」「実務経験を積みたい」という同じ目標を持っているため、自然と表現が画一化してしまうのです。
しかし採用担当者の視点に立つと、この状況は大きな問題です。
事務所側は単に勉強のために来る人材ではなく、クライアントに価値を提供し、事務所の成長に貢献できる人材を求めています。
受験勉強と実務は全く別物であり、いくら科目に合格していても、クライアントとのコミュニケーションや実務処理能力がなければ戦力になりません。
このギャップを埋めるためには、
自分が応募先の事務所で「何ができるのか」「どう貢献できるのか」という視点を明確にすることが不可欠
です。
たとえば相続税法の科目合格者であれば、単に「相続税の知識を活かしたい」ではなく、
【例】「高齢化が進む地域で相続案件が増加している貴所において、私の相続税の知識と前職での金融機関勤務経験を組み合わせ、資産承継コンサルティングの提案力を高められる」
といった具体性が必要になります。
また、
多くの応募者が見落としているのが、事務所ごとの特色や方針への理解
です。税理士事務所といっても、個人の確定申告をメインとする事務所から、上場企業の税務顧問を担当する事務所、相続や国際税務に特化した事務所まで多様です。それぞれの事務所が抱える課題やニーズは異なるにもかかわらず、同じような志望動機を使い回していては、「どこでもいいのでは」という印象を与えてしまいます。
■説得力のある自分だけの志望動機を見つける方法
説得力のある志望動機を作るには、まず自分自身の棚卸しから始める必要があります。これまでのキャリアで培ってきたスキルや経験、税理士を目指したきっかけ、そして転職によって実現したいキャリアビジョンを言語化していく作業です。
(1)過去の業務経験を振り返る
具体的には、
過去の業務経験を振り返り、どのような場面で成果を出せたのか、どんな業務に充実感を覚えたのかを書き出してみましょう。
たとえば前職が一般企業の経理部門だった場合、決算業務だけでなく、社内の他部署との調整業務や業務改善提案なども立派な経験です。こうした経験は税理士事務所においても、クライアント対応や業務効率化の場面で活かすことができます。
(2)応募先の事務所について徹底的にリサーチ
次に、応募先の事務所について徹底的にリサーチします。ホームページに掲載されている代表税理士のメッセージ、取扱業務の内容、所員インタビューなどから、その事務所が大切にしている価値観や強みを読み取ります。
さらに可能であれば、その事務所が所在する地域の産業構造や人口動態なども調べてみましょう。地方都市で事業承継支援に力を入れている事務所であれば、地元企業の高齢化や後継者不足といった課題意識を志望動機に織り込むことで、深い理解を示すことができます。
(3)自分の経験と事務所のニーズの接点を見つける
そして最も重要なのが、自分の経験と事務所のニーズの接点を見つけることです。これは単純なマッチングではなく、「自分がこの事務所に入ることで、どのような化学反応が起きるのか」をイメージする作業です。
たとえばIT企業出身で簿記論と財務諸表論に合格している方であれば、
【例】「貴所がDX化を進めている会計システムの導入支援において、私の前職でのシステム導入プロジェクト経験と会計知識を組み合わせ、クライアントの業務効率化に貢献できると思います」
といったストーリーが描けます。
■どうすれば採用担当者の心に響く志望動機になるのか
採用担当者が志望動機を読む際に最も注目しているのは、応募者の「本気度」と「再現性」です。本気度とは、その事務所で長く働き続ける意志があるかどうか。再現性とは、過去の経験や実績が入所後の業務でも発揮できるかどうかです。
(1)本気度を示す
本気度を示すには、応募先の事務所に対する具体的な言及が欠かせません。
「税理士業界で成長したい」といった漠然とした表現ではなく、「貴所の○○という理念に深く共感した」「代表税理士の著書を拝読し、××のアプローチに感銘を受けた」といった、その事務所でなければ書けない内容を盛り込みます。実際に事務所見学に参加した場合は、そこで感じた雰囲気や印象を具体的に記述することも効果的です。
(2)再現性を伝える
再現性を伝えるには、エピソードベースで語ることが重要です。
「コミュニケーション能力があります」と書くだけでは説得力がありませんが、
【例】「前職では月次決算の説明資料を経営者向けにわかりやすく作り直し、財務状況の理解度向上に貢献しました。この経験を活かし、貴所のクライアントにも数字の背景にある経営課題を伝えられる説明力を発揮したいです」
と書けば、具体的な行動と成果が見えてきます。
(3)入所後のビジョンを明確に示す
さらに、入所後のビジョンを明確に示すことも大切です。ただし「3年で税理士資格を取得したい」という自分の目標だけを語るのではなく、
【例】「入所後は法人税務を中心に実務経験を積み、3年以内に税理士資格を取得したうえで、将来的には貴所の事業承継支援チームの中核メンバーとして、地域の中小企業の世代交代を支援していきたい」
というように、事務所にとってのメリットと結びつけて表現します。
■科目合格者の志望動機では「実務経験の具体性」が求められる
科目合格者が税理士事務所に応募する場合、
受験勉強の進捗だけでなく、実務でどれだけ即戦力になれるかが重視されます。
なぜなら税理士事務所の現場では、理論の知識以上に、日々の業務を正確かつ効率的にこなす実践力が求められるからです。
(1)科目合格者に必要なこと
たとえば簿記論と財務諸表論に合格している科目合格者であれば、仕訳の基本や財務諸表の構造は理解しています。しかし実務では、それを顧問先の個別事情に合わせて応用する力や、税務会計ソフトを使いこなす力、さらには月次決算の数字から経営課題を読み取る分析力が必要になります。志望動機では、こうした
実務レベルの能力があることを具体的に示す必要があります。
(2)実務未経験であれば
実務未経験の科目合格者の場合は、別の角度からアピールします。たとえば
一般企業での業務経験があれば、そこで培ったビジネススキルを税理士業務に結びつけます。
営業経験があれば「クライアントのニーズを引き出すヒアリング力」、事務経験があれば「正確性と期限管理能力」といった形です。
【例】「前職の営業部門では、顧客の潜在ニーズを聞き出す質問力を磨きました。税理士事務所においても、クライアントの経営課題を引き出し、適切な税務アドバイスにつなげられると考えています」
といった表現で、経験の転用可能性を示します。
(3)合格している科目によってアプローチも変わる
また科目合格者の場合、どの科目に合格しているかによって、志望動機のアプローチも変わります。法人税法や所得税法といった主要科目に合格していれば、実務での中心業務に直結する知識があることを強調できます。
一方で相続税法や消費税法の合格者であれば、その専門性を活かせる事務所や案件を選び、特化した貢献ができることをアピールします。
■未経験から税理士事務所への転職志望動機を組み立てるには
税理士事務所での実務経験がまったくない状態での転職は、確かにハードルが高く感じられるかもしれません。しかし適切な志望動機の組み立て方を知っていれば、未経験であることは決して致命的な弱点にはなりません。
(1)「なぜ今、税理士を目指すのか」
未経験者の志望動機で最も重要なのは、「なぜ今、税理士を目指すのか」という原点を明確に語ることです。単に「安定した資格がほしい」「年収を上げたい」といった表面的な理由ではなく、自分の価値観やこれまでの経験と結びついた説得力のあるストーリーが必要です。
たとえば家族が経営する会社の財務状況を目の当たりにし、適切な税務アドバイスの重要性を実感したという経験や、前職で経理業務に携わるうちに税務の奥深さに魅力を感じたという気づきなど、個人的な体験に基づいた動機は強い印象を残します。
【例】「実家の小売業が消費税の軽減税率対応で混乱していた際、税理士の先生の的確なアドバイスで事業を守れたことを目の当たりにしました。この経験から、中小企業を税務面で支える専門家になりたいと決意し、働きながら簿記論と財務諸表論に合格しました」
といった具体的なエピソードは、未経験であっても熱意が伝わります。
(2)「早期に戦力になりたい」という主体性を示す
また未経験者だからこそ、学ぶ姿勢や成長意欲を前面に出すことも効果的です。ただし「教えてもらえる環境を求めている」という受け身の表現ではなく、「実務を通じて能動的に学び、早期に戦力になりたい」という主体性を示します。
【例】「未経験ではありますが、入所前に税務会計ソフトの基本操作を独学で学び、模擬的な仕訳入力の練習をしてきました。入所後は先輩方の業務を積極的に観察し、わからないことは即座に質問して吸収していく姿勢で臨みます」
といった準備と意欲を示すことで、成長速度への期待感を持ってもらえます。
■経験者の転職では「変化」を求める理由の説明が重要
すでに税理士事務所での実務経験がある方の転職では、「なぜ今の事務所を離れるのか」という理由が必ず問われます。ここで注意すべきは、
前職に対する不満や批判を前面に出さないこと
です。たとえ事実であっても、ネガティブな退職理由は採用担当者に「同じ理由でまた辞めるのでは」という不安を与えてしまいます。
(1)「前向きなキャリアチェンジ」として転職理由を組み立てる
経験者の志望動機では、「前向きなキャリアチェンジ」として転職理由を組み立てることが重要です。現在の事務所で得られた経験に感謝しつつ、次のステップとして新しい環境を求めているという流れを作ります。
たとえば個人の確定申告業務が中心の事務所から、法人税務に強い事務所への転職であれば、
【例】「現在の事務所では個人顧問を中心に3年間実務経験を積み、所得税と相続税の実務知識を習得できました。しかし今後のキャリアを考えたとき、法人税務の専門性を深めたいという思いが強くなりました。貴所は法人顧問が中心で、組織再編や国際税務案件も扱っておられると伺い、これまでの経験を土台に新しい領域に挑戦できる環境だと感じました」
といった表現が適切です。
(2)経験年数が長い場合、マネジメント経験や後進育成への関心を示す
また経験年数が長い場合は、マネジメント経験や後進育成への関心を示すことも効果的です。
【例】「現事務所では5年間の実務経験を通じて、法人税務の基礎から応用までを習得しました。今後は自身のスキルアップだけでなく、若手スタッフの育成にも携わりたいと考えています。貴所が教育体制の充実を重視されている点に魅力を感じ、私の経験を後輩の成長に還元しながら、組織全体の底上げに貢献したいと考えました」
というように、事務所への貢献視点を盛り込みます。
(3)即戦力と業務の質の高さをアピール
経験者ならではの強みは、即戦力性と業務の質の高さです。
【例】「前職では月次で40社の法人顧問を担当し、期限内の正確な申告はもちろん、経営者との信頼関係構築にも注力してきました。この経験を活かし、貴所でも入所直後から担当を持ち、クライアントに価値を提供できる自信があります」
といった具体的な実績を示すことで、採用側の安心感につながります。
■専門特化型事務所への志望動機を差別化するには
相続税や国際税務、医業や不動産といった特定分野に特化した税理士事務所への転職では、その分野への深い興味と適性を示す必要があります。単に「専門性を高めたい」という一般論ではなく、なぜその分野なのか、そこで自分がどう貢献できるのかを明確にします。
(1)相続税特化型の事務所
相続税特化型の事務所への志望動機であれば、相続業務への関心の背景を語ることが重要です。
【例】「祖父の相続手続きに家族と共に取り組んだ際、財産評価や遺産分割の複雑さを実感しました。同時に、税理士の先生が単なる税額計算だけでなく、家族間の感情的な調整まで配慮されていた姿に深く感銘を受け、相続税務の専門家を志すようになりました」
といった個人的な体験は説得力があります。
加えて、相続税法の科目合格や不動産評価の知識など、関連する専門知識があることを示します。
【例】「相続税法に合格し、相続税の計算構造や財産評価の基礎を習得しました。さらに宅地建物取引士の資格も保有しており、不動産評価の実務にも対応できます。貴所が扱われる資産家向けの相続対策において、これらの知識を総合的に活用し、最適な提案ができると考えています」
という形で、複合的な専門性をアピールします。
(2)国際税務に特化した事務所
国際税務に特化した事務所であれば、語学力や海外経験が大きな武器になります。
【例】「大学時代に1年間の米国留学を経験し、ビジネスレベルの英語力を身につけました。帰国後は外資系企業の経理部門で3年間勤務し、移転価格税制やタックスヘイブン対策税制の実務に触れる機会がありました。
この経験を活かし、貴所が扱われる国際税務案件において、海外子会社との英語でのコミュニケーションや国際税務の専門知識で貢献したいです」
といった形で、国際業務への適性を具体的に示します。
(3)医業や歯科医院に特化した事務所
医業や歯科医院に特化した事務所への転職では、医療業界への理解が求められます。
【例】「家族が開業医であり、幼少期から医療経営の現場を見てきました。医療は公益性が高い一方で、経営面では独特の難しさがあることを実感していました。医業経営コンサルタントの資格取得を目指しながら、貴所で医療機関特有の税務と経営支援のノウハウを学び、開業医の先生方を総合的にサポートできる専門家になりたいです」
というように、医療業界への関心と理解を示します。
■大手税理士法人と中小事務所で違う「志望動機の使い分け」
税理士事務所の規模によって、求められる人材像は大きく異なります。そのため志望動機も、応募先の規模や特性に合わせて調整する必要があります。
(1)大手税理士法人
大手税理士法人への志望動機では、組織力や専門分化されたチーム体制、大企業へのサービス提供といった特徴を踏まえた内容にします。
【例】「貴法人では税務業務が専門チーム制になっており、法人税務、国際税務、相続税務といった各分野のエキスパートから学べる環境があると伺いました。私は将来、組織再編や企業再生といった高度な税務案件を扱える専門家を目指しており、貴法人の充実した研修制度とOJT体制のもとで、体系的にスキルを習得したいと考えています」
という形で、組織としての教育体制や専門性の高さを評価していることを示します。
また大手ならではの案件規模の大きさやクライアントの多様性もアピールポイントになります。
【例】「前職では中小企業の税務顧問が中心でしたが、今後はより規模の大きな企業の税務戦略立案や、M&A案件といった複雑なプロジェクトに携わりたいと考えています。貴法人では上場企業やグローバル企業の税務顧問を数多く担当されており、こうした大型案件の経験を通じて、税務の専門家として次のステージに進みたいです」
といった、スケールアップへの意欲を示します。
(2)中小規模の税理士事務所
一方で中小規模の税理士事務所への志望動機では、クライアントとの距離の近さや、幅広い業務経験、アットホームな雰囲気といった特徴を重視していることを伝えます。
【例】「貴所のホームページで拝見した『クライアントに寄り添う税務サービス』という理念に深く共感しました。大手法人では分業制のため担当業務が限定されますが、貴所では一人の担当者がクライアントと長期的な関係を築き、記帳代行から税務相談、経営アドバイスまで総合的にサポートされていると伺いました。私もクライアントの成長を間近で見守り、信頼されるパートナーとして貢献したいです」
という形で、クライアントとの深い関係性を重視していることを示します。
また中小事務所では、一人ひとりの裁量が大きく、早期に責任ある立場を任されることもアピールポイントです。
【例】「貴所は少数精鋭の体制で、入所後早い段階から主担当として顧問先を任せていただけると伺いました。私は前職で培った実務経験を活かし、入所直後から戦力として貢献したいと考えています。また将来的には、新規顧問先の開拓や若手育成にも携わり、貴所の成長に貢献していきたいです」
といった形で、即戦力性と成長意欲を組み合わせます。
■まとめ
税理士事務所への転職における志望動機は、単なる形式的な書類ではなく、あなた自身の価値観、経験、そして未来への展望を採用担当者に伝える重要なツールです。科目合格者であれ有資格者であれ、実務経験者であれ未経験者であれ、それぞれの立場に応じた説得力のある志望動機を組み立てることが、選考を突破する鍵となります。
本記事で紹介した考え方や具体例を参考にしながら、自分だけのオリジナルな志望動機を作り上げてください。応募先の事務所が何を求めているのかを深く理解し、自分の経験や強みとどう結びつけるかを丁寧に考えることで、必ず採用担当者の心に響く志望動機が完成するはずです。あなたの転職活動が成功し、理想のキャリアを築けることを心より願っています。
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